ベトナム旅行 6日目 日本に帰国

晴れベトナム旅行最終日、今日は日本に帰国するだけで1日が終わってしまう。
朝は6時半からホテルのバイキングが利用できるので、そこで朝ごはんを食べる。

フエさんが手配してくれたのかな。 7時15分くらいにホテルにタクシーがやってきて、それに乗り込んで空港に向かう。 平日朝の通勤時間帯のハノイは交通量が多かった。 が、首都だからだろうか? ニャチャンのような無謀な運転は少ないように感じた。 タクシーに乗ること40分くらい、ハノイのノイバイ国際空港に到着した。
ハノイ

空港内でお土産を購入し、それらをスーツケースに詰めた後に搭乗手続きをする。 帰りの便の座席も事前に指定しておいたので、家族が離れて座ることはない。
荷物を預けて、弟とフエさんとはここでお別れ。 次女は別れるのが寂しくて泣いていた。 英語を勉強してフエさんとお喋りできるようになりたいと心に決めたようだ。

手荷物検査、出国審査を経て制限エリアへ。 出国審査も適当な感じで、パスポートの写真と顔が一致しているか見ている程度だった。
飛行機は10時35分発の仁川国際空港行き。 帰りも仁川国際空港で乗り換えて関西国際空港に向かう。
今日の飛行機は時間どおりに出発できそうで一安心。
ベトナムエアライン ブランケット

スマホのGPSによると、ハノイのノイバイ国際空港から、ソウルの仁川国際空港までは2,680kmも離れているらしい。 フライト時間は4時間半。
飛行機の中では寝ていることが多いのだけど、さっき起きたばかりだし全然眠くなかった。 機内のエンタメサービスで映画を探していたら、クイーンのボーカル「フレディ・マーキュリー」を描いた「ボヘミアン・ラプソディ」が日本語音声であるではないか。 これは見たかった映画の1つなので見るしかない!!
そんなわけで、フライトの半分の時間は、この映画鑑賞に費やした。 クイーンというバンド自体は知っているが、フレディ・マーキュリー以外のメンバーの名前も顔も知らなく、バンドの歴史やフレディ・マーキュリーがどんな人だったのか、どういう人生を歩んできたのかを全く知らなかった。
この映画はクイーンを結成するところから、チャリティーイベントのライブエイドまでを描いており、最後のライブシーンはとても凄かった。 演じているのは役者だろうけれど、本物さながらなの迫力と興奮。
クイーンの事をほとんど知らなくても、とても楽しめる素晴らしい映画だった。

この飛行機では全員に機内食のメニューが配られて事前に決められるよう配慮されていた。 お米が食べたかったので魚の機内食にした。 三女は寝ていてほとんど食べなかったので、チキン+麺の機内食も少し食べさせてもらったが、魚の方が美味しかったかな。
帰りのフライト4時間半は映画を見ていたこともあって一瞬だったな。
飲み物メニュー ランチメニュー 機内食

仁川国際空港では2時間半くらいの待ち時間。 往路で立ち寄ったトランスファーラウンジのくつろぎやすいイスに座って待っていた。 子供たちはキッズコーナーで楽しく遊んでいた。
19時10分離陸で関西国際空港に向かう。 フライト時間は1時間45分。 このフライトでは映画を見るほどの時間はなかったので、機内エンターテイメントのウォーリーを探せみたいなゲームをやっていたが、それが意外に面白かった。
機内食

関西国際空港に到着して、入国審査、税関と抜けてようやく日本に帰ってきた。 入国時も何も聞かれなかったし、関西国際空港は人が多いから、よほど怪しい人じゃないとスルーなのかな。
ここで夕飯を食べようかと思っていたのだが、21時半にほとんどの店がラストオーダーで、既に22時前なので何も食べることが出来なかった。
スターバックスでコーヒーだけ購入して、駐車場に戻る。 ベトナムで過ごした格好で歩いていたため、夜の大坂はとても寒かった。
25%割引のカードを作ったので、駐車料金は7,600円くらいだった。 この値段なら関空の駐車場に止めたほうがいいな。
マリオがお出迎え

帰りは阪神高速5号線→阪神高速3号線→神戸淡路鳴門自動車道→高松自動車道とノンストップで走ってきて、25時前に帰宅。
今日は移動しかしてないが、疲れたな……

6日間のベトナム旅行、非常に楽しかった。 子供たちも初の海外だったが、食事は全然楽しめていなかった。 これがグアムとかだったら楽しかったかもしれない。
飛行機に乗っている時間は片道7時間くらいあるのだけど、子供たちにとって、それは意外に問題ではなかった。 寝るか機内のゲームで遊んでいたので。

今回の旅行は弟が全てお金を出してくれたのだけど、かなり金額がかかっている。
日本⇔ベトナムの航空券が32万円くらい。 ニャチャン→ハノイの航空券が7万円くらい。 ホテルは5泊なので、いくらくらいだったのだろうか?
全員で食べた食事や、島巡りのツアー代金、何度も乗ったタクシー代など、全て負担してくれたので、60万とか70万とかかかってそう。
日本からの参加者も多かったので、交通費負担とかしていたら、どれくらいの金額になっているのか計り知れない。

ベトナム旅行 5日目 ハノイへの移動

晴れ朝8時半に出発すると、深夜に連絡があったので、その時間にチェックアウトできるよう荷物の準備をする。 4日間滞在したホテルともお別れ。 冷房をガンガンに効かせることができて、部屋も広く、ベッドの寝心地もまぁまぁで良いホテルだった。 欠点はシャワーの水圧が低いことと。

朝はフエさんの実家に行くことになっていて、ホテル前で待っていたら、フエさんがバイクに乗って登場。 やっぱりベトナムの人は普通にバイク持ってるし乗るのだな。
タクシー2台+バイクでフエさんの実家に向かう。 結婚式から2日経った実家は、すっかり片付いていた。
入ってすぐの大部屋にテーブルがあったので、そこに座っていたら、お茶を入れてくれたりベトナム名物のツバメの巣のジュースを振る舞ってくれたり。
フエさんの実家 リビング的な部屋

福岡から来た日本人も、フエさんの実家に立ち寄って、ここで最後のお別れとなった。
今回の招待客は、結構関係が複雑で、この福岡から来た人は、6人くらいのおじいさんの集団、おばあさん、母親+娘2人。 おじいさんの集団は、おばあさんの親戚関係だと思う。
で、この人達は日本人なのだが、弟の知り合いではない。 ベトナム人であるフエさん側のお客さんとして呼ばれている。 だが、直接フエさんとは関係がない。
フエさんの姉が日本に住んでいたとき、おばあさんと知り合いになって、今回呼ばれたのだそう。 おばあさんはツアーガイドの仕事をしており、英語、中国語がペラペラで、趣味でベトナム語を学ぼうと、ベトナム語で話す会みたい集まりに参加したのがきっかけらしい。
日本だと、自分の結婚式に、弟がお世話になった人とか呼ばないけれど、ベトナムでは「姉がお世話になったので是非来てください」のように招待されるのだな。
ちなみに、シュウさんと杉田さんの2名の日本人は、今は福岡に住んでいるが、こちらは弟の知り合いだ。

フエさんの両親とも挨拶をしたが、どうやらフエさんの両親は「Thank you」も通じない事がわかった。 完全にベトナム語しか理解できないっぽい。 ベトナム語でありがとうは「come on」といって、英語のように「カモン」と発音する。 何だか不思議な感じだけど、これがベトナム語だ。

先程ホテルから乗ってきたタクシーが、実家の前でずっと待っており、再びこのタクシーに乗ってカムラン空港を目指す。
40分くらい車に乗っていて、フエさんと話したのだけど、過去に2度事故ったことがあるらしい。 1度は大したことなかったけど、もう1度は、友達のバイクの後ろに乗っていた時に車に追突したらしい。 バイクから放り出されて頭を打ったと言っていた。 ベトナムの道路を見ていると、交通事故が起きないのが不思議なのだが、滞在している間に1度も交通事故、軽い接触すら見ていない。 日本人からしたら危険に見えるけど、現地の人からしたら普通のことなんだなと、改めて思った。
そして、ベトナム人の運転技術は凄まじい。 合流するところとかギリギリを攻めているので、横との車との幅が数cmしかなかったり、バイクが数cmのところをかすめていったり。 日本人とどちらが運転上手いかと聞かれたら、間違いなくベトナム人と答えるだろう。
そして、道路が煩雑すぎて、ベトナムで自動運転は無理だなと思った。 障害物を見つけて車が止まっていたら、ベトナムではいつになっても車が前に進まない。 自動運転制御のプログラムは、アメリカや日本と、ベトナムや台湾などではわけないと無理だろう…… ベトナムのプログラムは障害物があったら止まるのではなく、速度を落としてぶつかる寸前まで進む、とかしないと……
自動運転自動車同士がそうなると、ぶつかる寸前の所で両車両が止まるので、お互いの車同士で通信して、どちらを優先的に進めるか等して、一方を先に行かせて一方は待つと。 今の自動運転技術に、車同士でやり取りする機能なんてついているのかなぁ。
日本で自動運転が始まるのは、あとは法律の問題で10年くらいで行けそうだと思っていたのだけど、自動運転が成立する国はごく一部なんだな、と実感させられた。

空港には10時20分くらいに到着。 乗る予定の飛行機は11時20分発の予定だったのだが、遅延しており新しい出発時刻は13時50分。 なので、空港で3時間くらい過ごさなくてはいけなくなった。
遅延のお詫びに食事クーポンが1人1枚配られたので、これでベトナム料理が食べられる、ラッキー。
カムラン空港 ベトナムエアライン 食事クーポン

タクシーで空港に向かってくる間に、妹の体調が悪くなったらしく、医務室に運ばれていった。 屈強な警備員に両脇を抱えられて向かっていった、が1時間くらい横になったら元気になったらしい。
さっきまで元気だったのに、急に歩けなくなるくらい体調が悪くなるってのが想像できないのだが……

もらったクーポンでベトナム料理が食べられるのだが、妻と子供はベトナム料理食べたくないようなので、空港内にあったバーガーキングで欧米風の食事を摂る。
Crispy Chicken CHS DBLというハンバーガーセットが150,000ドン(750円)、Tendercrisp BBQ B/Cというハンバーガーセットが165,000ドン(825円)、Fries Lはフライドポテトで45,000ドン(225円)。
値段は日本とほぼ同じなので、ベトナム人からしたら、バーガーキングは高級レストランだ……
バーガーキング

自分はクーポンを使ってベトナム料理屋で「Bún Cá Nha Trang」というフォーを食べる。 英語で「Nha Trang fish noodle soup」と書いてあった。 ここ数日で食べたフォーと同じような感じだったが、量が少なめだった、空港だからかなぁ。
Bún Cá Nha Trang

12時50分くらいに手荷物検査を通過して飛行機を待っていたのだけど、出発時刻の13時50分になっても、乗るべき飛行機が、まだ空港に到着していなかった。
ここで、先程別れたはずの福岡の人たちも空港にやってきた。 14時半の飛行機でホーチミンに向かうらしい。 自分たちの方が先に来たのに、福岡の人たちが先に飛び立っていくとは……
自分たちの飛行機は、けっきょく14時40分くらいに離陸していった。

ハノイまでは2時間くらいのフライト。 機内ではお菓子が出たので、それを食べてあとは寝ていた。
カムラン空港 機内の様子 お菓子 お菓子 お菓子

ハノイ到着後は、フエさんが交渉してタクシーをゲット。 交渉にかなり時間がかかったのだが、ベトナム人でも交渉が難しいタクシーを、日本人が乗れるとは思えないな…… 高いお金を覚悟して乗るしか無いのだろうな。 乗り合いタクシーのようで、他には外国人の金髪の女性が1人で乗ってきた。 世界中を旅しているのだろうか? 女性1人でザックを背負っている姿は格好がいい。
ハノイで宿泊するホテルは「Icon 36」というホテル。 ニャチャンのホテルとは違って、かなり綺麗で滞在しやすそうだった。 
荷物を置いて、すぐにご飯を食べに出発する。
タクシー ホテルの部屋 ホテルの風呂

ハノイはベトナムの首都で東京のようなもの。 なので何でもある。 多国籍な料理が食べられる、子供たちはベトナム料理が口に合わず、まともな料理をあまり食べていないので、今夜はイタリアンレストランに行くことになった。 弟とフエさんがスマホで探してくれてそこに向かう。 道中、店がメチャメチャ多く、怪しい店もあったし、観光客向けのお土産屋のような店もあった。 が、ここでも値切り交渉は当たり前なので、なかなか辛い世界だ。
ハノイの町 お土産屋 路上ライブ1 路上ライブ2 湖に浮かぶお寺 ベトナムTシャツ

夕飯は「Pepperonis Hàng Trống」というお店で、ピザ、パスタ、サラダ、ビールを楽しむ。 子供たちはピザとパスタを美味しそうに食べていた。 日本で食べるのと同じような味なので、とても喜んでいた。
現地の料理を食べるチャンスを楽しみにするのは、まだ先の話かな…… 大人4人、子供3人でお腹いっぱいになるまで食べたのだけど、1,126,400ドン(5,600円)と、思っていたよりも3,000円以上安かった。
ハノイも物価が安いのね、路面の店なら安いのはわかるけど、こういうきちんとした飲食店でも安いのはありがたい。
ハノイビール イタリアン マルゲリータ

ホテルに戻った後は、シャワーを浴びたのだけど、ニャチャンのホテルよりも水圧が低かった…… ホテルは綺麗だが、水圧の問題はベトナム自体の問題なのかもしれない。
多分23時前に就寝。

ベトナム旅行 4日目 島巡りと食事会

晴れ6時40分くらいに起床したら、30分くらい前に弟からメッセージがあり「8時半にロビー集合。 7時からご飯行くけどみんなで行く?」と。 だが、もう時間もないし自力で済ませる旨を伝えた。 子供たちを7時過ぎに起こして、皆で朝ごはんを食べに行くことにした。
子供たちはベトナムに来てから、味が合わずにまともにご飯が食べられていないので、何か食べられるものを探して町をさまよう。 だが、町中に溢れているのは現地の人が食べるようなベトナム料理ばかり。 自分1人だったら、歩道の上にイスを置いて食べる店とか行きたいのだけどなぁ。
20分くらい歩いた後、ホテルのすぐ近くにあるデパートの1Fに入っている「PHUC LONG」というコーヒーチェーンでクロワッサンとコーヒーやジュースを購入して朝食を楽しむ。 クロワッサンは1つ20,000ドン(100円)なので、現地の物価としてはかなり高いだろう。 そもそも観光地のど真ん中に立っているデパートの中に入っているコーヒーショップだからな。
PHUC LONG

8時半に合わせてホテルに戻り、ロビーに集合。 昨日の結婚式とほぼ同じメンバーが揃ったので、タクシー3台に乗り合わせて出発。 ホテルから南に4kmほど離れた場所にある「Cầu Đá」という港に到着。 ここから船で島に移動するみたい。 ここで、大きな発泡スチロールを持った謎のおばあさんが登場。 発泡スチロールの中には大量のパン、魚肉の塊みたいなもの、ライチみたいなものが入っていた。 で、どこからか包丁を取り出して、いきなりサンドイッチみたいなものを作り始め、みんなに配っていた。 どうやらこのおばあさんは親戚らしい。 後で聞いた話だけど、フエさんのお母さんは11人兄弟で、かなり年上のお姉さんが、このおばあさんらしい。 このおばあさんの子供は、フエさんのお姉さんよりも年上らしい。 なので、おばあさんとフエさんのお母さんは20歳近く年が離れているのかもしれない。 驚くことに、このおばあさんとは初対面らしい。 ニャチャンから1,000km離れている場所から、結婚式の為にわざわざ来てくれたみたい。 そんなおばあさんが、今日の島巡りを食事の面でサポートしてくれるようだ。
船乗り場の売店 船乗り場の売店 船乗り場 親戚のおばあさん サンドイッチみたいなもの

船に乗り込んで島を目指す。 どこの島に行くか不明なのだが、目の前にあるアミューズメントパークの島ではないらしい。 そのまま船に揺られること60分、ようやく島に到着した。
島は「Hòn Mun」という島で世界遺産になっているらしい? ツアーで訪れた人しか上陸出来ないようで、島の入口にはゲートがあった。
この島に13時までの2時間滞在するらしい。 すぐ裏に岩がゴツゴツした山があるので、登ってみようかなと思ったが、そちらには行けないような感じだった。
Hòn Mun ビーチ

海に入れるのを知らなくて、子供たちの水着を持ってきていなかったので、またここで買うことに…… 水着は160,000ドン(800円)。 かろうじて足元はサンダルだったので良かったが。 ここの海はとても綺麗なのだが、船着き場から幅50mくらいの場所しか泳ぐことができず。 海水はニャチャンの海よりしょっぱい感じがした。 綺麗な海辺で子供たちは楽しく遊んでいた。
自分は一緒に来た外国人と頑張っておしゃべりを試みた。 沖縄在住のアメリカ人夫婦で、鳥類学者なのかな、「アジアの鳥図鑑」みたいな本と、双眼鏡を常に持ち歩いている人がいるのだけど、その人と会話して「新しい鳥を見つけましたか?」みたいな感じで英語で喋ったりした。

それから島の岩場を少し歩いていたら展望台を発見したので景色を眺めたり、もう少し奥まで行ったら誰もいないような場所があったので、そこでのんびりしたり。
島に滞在するのは2時間、それは短いかなと思ったけど、やることがなく結構長く感じた。
謎の木 展望台 島の景色 島の景色 珊瑚 ライチ?

13時になって船に乗り込み、今度は別の島「KHU DU LỊCH BÃI TRANH」に連れて行かれた。 ここもツアーでしか入ることができない島らしいのだが、島でできることは先程ほぼ同じで、浜辺で遊ぶか、飲み物を飲むか。 マリンアクティビティもあり、お金がいくら掛かるかわからないけれど、パラセーリングやジェットウォーターみたいなのをやっている人はいた。
ここでの滞在時間は1時間なのだが、三女はもう一度海に入りたいらしく水着に着替える。 さらに売店で砂場セットみたいなおもちゃが販売されており、それを買うことに。 値段はなんと200,000ドン(1,000円)。
僅かな時間しか使わない砂場セットの為に1,000円とは…… だが、砂場セットを使って楽しく浜辺で遊んでいたのでいっか。 三女の背中は日焼け止め塗ってあるのに日焼けして真っ赤になっていた。
KHU DU LỊCH BÃI TRANH ビーチ

子供にとっては楽しい1時間、大人にとってな長い1時間が終わり、再び船に乗って、出発してきた港を目指す。
15時半くらいに港に到着し、タクシーに乗ってホテルへと戻り解散となった。

19時からはフエさんの両親が食事会を開いてくれるらしい。 なので3時間くらいは時間がある。 シャワーを浴びたり、子供たちの水着を洗って干したりしてから、みんながホテルのロビーで雑談してるとのことだったから行ってきた。
台湾出身のオーストラリア人の人と英語でおしゃべりをしてFacebookとInstagramを交換した。 台湾出身なので、日本語はほとんどわからないが、漢字の意味を多少理解できるので、日本人が読めない中国語を見て意味を感じられるように、日本語を見て多少は意味を感じることができるみたい。
今夜は夜行バスに乗って、1,000km離れたホーチミンに行くらしい。 夜行バスが激安で、1,800円くらいだった。 来る時はホーチミンから飛行機で来たと行っていたが、飛行機も2,800円くらいだと。 ベトナム国内の移動は安いのだなぁ。
こうして、この人達は旅立っていった。

他にも残ってる人がいて、杉田さんという日本人の女性がいる。 この人も不思議な人で、元々カナダに住んでいて、シアトルに住んでいたシュウさんと良く遊んでいたらしい。 つい最近までインドネシアのバリに住んでいたという。 今はバリを引き払って福岡に住んでいるようだが、英語はペラペラだし、インドネシア語もペラペラ。 当然日本語も。 インドネシアは雨季で、毎日のように家の前が川のような流れになるらしい。 それで足を滑らせて、左手首~肘の間の骨を骨折してしまった。 もう治りかけだが、その状態で今回の結婚式に出席している。 住んでいたのがカナダということで、ヨーロッパはメチャメチャ行ったことがあるらしいが、東南アジアはあまり経験がないと行っていた。 それでも女性なのに1人でどこでも行くくらい行動力があり、すごかった。

19時になって、ホテル前でタクシーでレストランまで向かう。 レストランは、フエさんの姉の旦那のお兄さんが経営しているっぽかった。 お店の名前は多分「Quán Nem Nhã Trang」というお店。
2Fを貸し切りにしてくれて、そこでベトナム料理の「ネムフォン」という生春巻きみたいなものを食べる。
ライスペーパーという食べられる薄い紙に、肉や揚げたライスペーパー、レタスやパクチーなどを挟んで、赤い甘いタレをかけて食べるという料理。
この料理がひたすらと出てきて、それと共にビールを飲む。
途中でバナナの皮に包まれた謎のお菓子みたいなものが出てきた。 ひたすら皮を剥いていくと、中から出てきたのは紫の小さなグミみたいなやつ。 これが、傷んだ食べ物のような発酵したような味がしてとても危険な感じだった。 何の食べ物だったのだろう……
他にも食べ物が出てくるのかと思ったら、これだけだった。 2時間食べ続けて、会はお開きとなった。
具材 ネムフォン 謎の食べ物

ベトナムには飲酒運転とかの法律はないのかな? フエさんの両親は二人共ビールを飲んでいたのだけど、普通にバイクに二人乗りをして帰っていった。
韓国人のジョンホンさんも、これから出発する電車でホーチミンに向かうため、ここでお別れとなった。

残った日本人達で、近くにある「CCCP COFFEE」というお店に移動してコーヒーを楽しむ。 ベトナムのコーヒーはブラックコーヒーかミルクコーヒーしかない? ミルクコーヒーって、日本で言うコーヒーにミルクを入れたものや、カフェオレとは違って、牛乳ではなく練乳みたいなものを使って作るらしい。 その為、非常に甘いコーヒーが出てきて、最初はビックリした。 暑い国だからこそ、極端に辛いものや、極端に甘いものがあるのだろうか。
1時間ほど滞在して、22時半位にはホテルに戻ってきた。

ニャチャンでの滞在も今日が最後。 明日はハノイに移動するので、このホテルに忘れ物がないようにしなくては。

ベトナム旅行 3日目 7時間以上の結婚式+披露宴

晴れ8時にフエさんの実家で結婚式が始まるので、7時半にホテルにバスが来ると。 なので、7時20分にロビー集合と言われていて、その時間に間に合うように準備をしてロビーに集合した。 同じホテルに宿泊している、他の参加者も7時20分くらいには皆集まっていた。
だが、スタッフみたいな人が、結婚式で使う道具みたいなものを準備し始めた。 アオザイを来た6人の男衆が果物や花などが入った大きな入れ物を持っている。 弟はベトナムの民族衣装みたいな白い服や帽子をかぶっていた。 ここから写真撮影やビデオ撮影が始まり、30分以上。 色々な人が入れ替わり立ち代わり写真に写ったり、カメラマンに指示されて自分たちも写ったり。
ホテルのロビーから出て、バスに乗り込むシーンもビデオ撮影するらしく、撮影の為にバスの周りを1周回ってから乗り込む、のようなことをさせられた。 結局、バスが出発したのは8時過ぎだった。
写真撮影

フエさんの実家は、ホテルから2kmくらいの距離にあるのだけど、道路が渋滞していて30分位かかって到着。 大通りは舗装されているが、一本中の通りに入ると道路は舗装されておらず、凸凹でバスが通るのが大変そうだった。 バスの前には新郎が乗った車が走っているのだけど、追走するような感じでバイクが走っており、マラソン中継のようにバイクでビデオを撮影しながら実家に向かっていた。 先程案内してくれたスタッフみたいな人や、写真のカメラマンも自分たちのバイクで実家に向かっている。
実家は結婚式仕様にデコレーションされていて、バスから降りたら実家で待っていた参列者が一列に並んで、皆と握手してから実家に入る。 実家には玄関というのがないのか、リビング的な部分が開放的な空間になっていて、そこにテーブルやイスが並べられていた。 庭や、道路を半分くらい占拠して、そこにもテーブルやイス、垂れ幕などが準備されていた。 ベトナムでの結婚式は実家で上げるのが普通らしく、派手なデコレーションで周りにアピールするのだろうか。
送迎バス 花婿用 実家が式場 男衆

リビングの中央に置かれた長テーブルに新郎・新婦の親戚がずらりと座る。 そして、結婚式の始まりの合図のようなものはなく、写真撮影が一通り済んだら自然に始まったような感じだった。
メッチャ濃いお茶をカップに入れられて「まずはそれを飲んでください」と。 ベトナム流のおもてなしの儀式なのかな?
最初に父親からの挨拶があったのだけど、事前に何も聞いてなかったらしく、スタッフの言ったことをそのまま日本語で言っている感じだった。
テーブル 写真撮影

で、さっきからスタッフだと思われてる人が何人もいたのだけど、ホテルで我々を誘導してくれた人はフエさんのお姉さんのご主人だった。
実家での結婚式を取り仕切っているのはフエさんの姉と妹。 ビデオのカメラマンも友達のようで、写真のカメラマンだけ部外者の様子だった。
父親が「結婚式に招いてくれてありがとうございます。 これは日本のお菓子です、これは花嫁の衣装です、これはお花です、これはお祝いのお菓子です、これは新婦のアクセサリです」と、お姉さんの言ったことを復唱していた。 それから軽い挨拶があったのだけど、日本語で喋ったものを、お姉さんが日本語→ベトナム語の同時通訳をし、その直後に妹がベトナム語→英語の通訳をする。
参加者が多国籍な為、このような通訳をするのだけど、それらを自分たちの家族だけでやっているのがすごい。

ベトナムは家族を重視するのだろうか、家族紹介があり、まずは自分たちが「妻の○○です、兄の○○です、妹の○○です、兄の妻の○○です、姪の○○です、甥の○○です」と全員名前まで紹介された。
次は花嫁側の家族が紹介されたのだけど「父の○○です、母の○○です、父の知り合いの○○です、その知り合いの○○です」みたいな感じで、血縁関係がよくわからない人たちが花嫁側の席には座っていた。
その後儀式的なものがあり、花婿の遣い者として荷物を運んでいたアオザイを着た男6人衆が、【辛い】唐辛子、【しょっぱい】塩みたいなもの、【苦い】ゴーヤ、【臭い】ドリアン、【甘い】謎の物質、【酸っぱい】謎の物質、全部で6食のものを食べないといけないらしい。 6人が食べ終えた後、最後に新郎が食べて儀式が終了した。

その後、新郎からの贈り物の衣装に身を包んだ花嫁が登場。 新郎から花のプレゼント、キス、指輪のプレゼント、姉からブレスレットのプレゼント、母からネックレスのプレゼント。 各々のプレゼントの合間に写真撮影があり、結婚式の進行自体は非常に時間がかかっていた。
それらが終わって、新郎からの挨拶があった。 弟は英語ペラペラなので、自分で日本語と英語で挨拶し、その後に姉がベトナム語に通訳していた。
その後、参加者が1人1人新郎新婦にお祝儀を渡して写真撮影。 ベトナム人は皆同じ封筒(白い封筒に青い縁)で渡していた。 中には封筒ではなく、金に光る指輪を渡している人や、ネックレスを渡している人もいた。 ほぼ全員が1人ずつ渡すので非常に時間がかかる。 貰ったお金は、その辺りのテーブルに山積みにされて置かれているだけなのだが、盗難とか大丈夫なのだろうか。

そして歓談タイムとなって、テーブルには次々とベトナム料理が運ばれてきた。 ベトナム語で書かれたメニューがあったのだけど、一番最初にかかれている「Soup」っぽい字がスープということしかわからなかった……
ビールなどが飲み放題なのだけど、ビールは冷えてなくて、グラスに氷を入れて冷やすスタイル。 なので、時間が経つとビールが薄くなる。 ベトナム名物らしい「ツバメの巣」のジュースもあって、これは甘くて美味しかった。
実家での結婚式が終わったのが12時位で、バスでホテルに戻る。
実家が式場 メニュー ベトナム料理 ベトナム料理 ベトナム料理 ベトナム料理

だが、結婚式はこれで終わりではない。 ここまでやったのは実家での結婚式というか、お披露目会みたいなもので、夕方からはホテルで披露宴があるらしい。
日陰とはいえ、気温32度くらいの中、冷房はなく扇風機だけの部屋と屋外で、ひたすらベトナム料理を食べて汗だくになっていたのだけど、子供たちもかなり辛かっただろう。
夕方の披露宴まで少し時間があるので、昨日と同じ海に遊びに行くことに。
今日は日中なので日差しも強く、昨日よりも暑かった。 海に2時間位滞在して部屋に戻る。
ビーチ ココナッツジュース

夕方の披露宴は18時半から始まるらしく、バスが17時にホテルに来るとのことだった。 部屋に帰った後も少し時間があったので、子供たちは昼寝をさせて、自分1人で町をウロウロすることに。
髭を剃るためのカミソリを持ってきておらず、近所の店では見つからなかったので、それを求めてウロウロと…… 途中で店を発見して、そこで無事カミソリをゲットすることができた。 帰り道で、妻がサンダルがほしいと言っていたので、ゴールドに煌めくサンダルを購入。 サイズがEUサイズでしか表記が無く、適正サイズがわからなかったので、女性店員に履いてもらい、その店員がピッタリだったので、それでいいやって思って購入したが、どうやら1cmくらい大きくても良かったっぽい。 まぁ勘で買ったので仕方がないか。 値段は忘れてしまったが、日本円で500円くらいだったと思う。

夕方のバスは時間ピッタリに来て、17時半にはホテル会場に到着。 日本とは違って、新郎新婦は入口で参加者を出迎えて、写真撮影をしまくるスタイルらしい。 入口には家の形をした箱が設けられていて、そこにお祝儀を入れるスタイルらしい。
会場はメチャメチャ広く、10人がけのテーブルが45個くらいは見えた。 400~500人は来ると聞いていたのだけど、こんなに来るのね、ベトナムでは……
日本の常識が一切通用しないような結婚式で、ベトナムの子供が新郎新婦の立つステージではしゃぎまわったり、テーブルの間を駆け回ったり、ハチャメチャな感じだった。
ホテル 入口 テーブル

新郎新婦の出迎えた衣装は和装だったのだけど、これは親戚の人が日本から持ってきたらしい。 サイズが大きくて着付けるのに苦労していたっぽい。
結婚式が始まっていきなりケーキ入刀。 このケーキは日本とは違って入刀するだけで、あとで食べられるわけではなかった。
それからステージ上で両家の両親と新郎新婦がシャンパンで乾杯をする。 その後は45個はあると思われる、全てのテーブルを回って写真撮影をするらしい……

自分はホテルで提供されるベトナム料理を食べまくる。 午前中結婚式のスタッフだと思っていたフエさんのお姉さんのご主人と席が隣だったので、色々話をした。 このご主人は日本語が少し話せるのと英語がペラペラなので、基本的には英語で話して、どうしても無理な部分だけ日本語を交えて会話をした。 お姉さんは8年間日本に住んでいるので日本語はペラペラ、妹のご主人はインド人だけど、日本に住んでいたことがあって日本語がかなり話せる。 皆当然英語は流暢に話せる。 途中で、謎のベトナム人のおじさんがテーブルに入ってきて話したのだけど、この人も英語がペラペラなのだけど、見た目は浮浪者みたいな見た目でかなりお酒に酔っているらしく、方言っぽいのもあり、この人の英語は全然聞き取ることができなかった……
披露宴には終わりの時間が無く、ご飯を食べたり写真を撮ったりした人から勝手に帰るらしく、2時間経過したくらいで、半分以上の人がいなくなっていた。
会場の外には新郎新婦がいて、皆と記念撮影をしていた。
メニュー 料理 料理 料理 料理 料理

時間をはっきり覚えていないのだけど、21時位のバスでホテルに戻る。 明日は皆で島巡りの観光に行くらしいのだが、ツアーコンダクターと連絡が取れず、まだ時間が決まっていないと言っていた。
もう夜だし、これから連絡がつかないだろうから、明日の朝7時位に連絡がつくと思うので、それ以降の時間になると思うので、7時までに起きていてくれればいいと言われた。
そんな感じで曖昧なのだが、今日は結婚式で非常に疲れたので、22時位には寝てしまったと思う。

ベトナム旅行 2日目 ニャチャン観光

晴れ朝はなんとか8時までに起床できて、8時にロビー集合することができた。 睡眠時間が少ないわりには比較的すっと起きることが出来たし、夜中も何度か目が覚めた。 廊下を歩く人の声がうるさかったり、外の車やバイクがうるさかったり、海外で興奮しているのもあるかもしれないけれど。
8時にロビーで待っていたら、どんどんと外国人が集まってきて、総勢12人くらいに。
目の前に座ったのが、その中では唯一の日本人でシュウさんという。 他は中国人っぽい見た目の男性+女性2人がいたので英語で話しかけたらベトナム人だった。 明らかに欧米人の4人組の親子はオーストラリア人、コアラのシャツを来た金髪短髪の男性はアメリカ人。 金髪ベリーショートの男性もアメリカ人、中国人っぽ見た目の女性は10歳の頃に台湾から移住したオーストラリア人だった。 その中に、昨日の韓国人2人と自分たち家族と弟夫婦で、隣の建物のレストランに行く。
ベトナムSIM ホテル 朝食 ベトナム式コーヒー

次々とベトナム料理が運ばれてきて食べていたのだけど、子供たちにとってベトナム料理はメチャメチャ不味いらしい…… 全然食が進んでいなかった。 ほとんどの料理にパクチーも入っているし、味付けも辛めのものが多いし、ベトナム料理に慣れるのは厳しそうだ。
食べながら外国人と頑張って英語で喋っていたのだけど、当然だけど母国語が英語の人たちは英語ペラペラだし、そうでない人も英語ペラペラだった。 英語が喋れないのは自分たち家族だけのような感じだ……
日本人のシュウさんもアメリカに10年以上住んでいたので、英語ペラペラだ。
つい半年前の9月末まで英語の重要性に気づいていなかった。 日本に住んでいると使う機会もまずないし、仕事でも困らないし、海外旅行に行くときしか使う機会はないと思っていた、完全に蛸壺化していた。
が、自分が半年くらいの間に見えてきた世界では、英語が話せない人もそもそも人ではない、というような発言すらまともだと思えるくらい必要なスキルというか当たり前のスキルになっている現実だった。
そんな事を考えながら、ベトナム料理を食べ、英語歴半年の英会話力で話をそこそこ楽しむことができた。

食後はフリー。 弟夫婦は婚姻の書類などを出しに行かないといけないし、明日が結婚式当日なので忙しいみたい。 自分たちだけで観光に行こうかなと思ったら、シュウさんが暇しているらしく一緒に観光に付き合ってくれることになった。 英語ペラペラな人が付いていてくれるのは心強い。
さっきの食事会で聞いた話だったか忘れてしまったけど、ニャチャンには3つの観光地しかないらしい。 「有名なお寺その①」「有名なお寺その②」「ニャチャン大聖堂」。 どれも歴史的な建造物を見るだけなので、子供たちにはつまらなさそうだが、それしか見るものがないというので、とりあえず見に行ってみることに。

ホテル前からタクシーに乗り、「ポー・ナガール」というお寺へ。
タクシーは90,000ドンくらい。 桁が大きすぎるので、下3桁はよく省かれるらしい。 日本円への換算方法は0を2つ取って2で割る。 なので450円くらい。 タクシーは激安だ。
入場料が22,000ドンで110円くらい。 何歳からが大人で何歳までが子供なのかわからないが、子供は無料だった。
三大観光地の1つなので、かなりの観光客で賑わっていた。 レンガみたいな壁はツルツルで綺麗に磨かれているような感じだった。 歴史館みたいな小部屋があり、そこには1930年位に撮影された写真と現在の姿が並べて展示されていた。 1930年くらいに発見されたのか? 当時の写真は木々や蔦に覆われて、かなり朽ちた感じの遺跡だった。
入場券 ポー・ナガール ポー・ナガール お土産物屋 お土産物屋 ポー・ナガールからの景色

見学が終わった後は裏手にある店を見たり、ココナッツドリンクを飲んだりしたが、観光地の真裏なので観光地価格なのだろう。
子供たちが謎の服を購入したが、最初は「1つ200,000ドン(1,000円)」とか言うのに、結局3つで300,000ドン(1,500円)くらいになったと思う。 この値段でも普通に町中で買うより高いと思うが、値切り交渉前提の買い物はきつい。 ココナッツジュースは子供たちには不評だった……
お土産物屋 ココナッツジュース

ニャチャンでは道路を横断するのが非常に難しい。 ものすごい数のバイクが走り回っており、バイクを縫うように車やバスが走っている。 信号はほとんど無く、あってもバイクは無視している事が多い。 5秒に1回くらいクラクションが聞こえてくるし、車が邪魔なバイクに「どけ」的な意味でクラクションを鳴らしている。 バイクが道路を斜めに横断しながら走ったり、直進より左折が優先かと思うほど、対向車がすぐ目の前にいるのに余裕で突っ込んで曲がっていったり。 で、歩行者はそんな荒れ狂った道路を渡らなくてはならない。 かろうじて横断歩道がある箇所もあるのだけど、日本のように待っていても止まらないし、仮に車やバイクが途切れるまで待っていたら2~3時間は余裕で待つだろう。 なので、歩行者も車やバイクが来ている中、突っ込んで行くしかない。 最初は怖かったが、ベトナム人は運転が非常に上手な感じで、歩行者を避けながら高速で走っていく。 なので、突然止まったり、突然走ったりせず、同じペースで歩いて横断すれば意外に安全だった。 が、それでも怖いなぁ……
ニャチャンの道路 ニャチャンの道路

海沿いの方まで歩いてみたが何も無く、偶然通りかかったタクシーに乗って「ニャチャン大聖堂」へ。 だが、ニャチャン大聖堂は閉鎖されている。 シュウさんが聞いてくれ「14時から開く」とのことだった。 まだ12時過ぎ。 2時間も時間があるので、すぐ近くにある「隆山寺」へ向けて歩いていく。 距離は1kmくらい? 途中でトイレに行きたいというので、「Lotte Cinema」という看板の出ているデパートへ入る。 名前的に映画館だと思うのだけど、最上階の5Fまで行ったが映画館はなかったような…… デパートなので商品はメチャメチャ高く、中国の漢方薬みたいなものが2,560,000ドン(12,800円)もした。

「隆山寺」に到着したが、妻も子供も暑すぎて、もう歩けないという。 ニャチャンの気温は32度くらい。 メチャメチャ暑く、自分の格好がジーンズ+スニーカーなのが悔やまれる。 ハーフパンツ+サンダル持ってくればよかった。 お寺入ったところに食事を食べる場所があったので、そこで子供たちはアイスを30,000ドン(150円)で購入して食べていた。 日本と同じ金額のアイスは、暑い天候の中、美味しかっただろう。
お寺を少しだけ見て、妻たちはタクシーに乗ってホテルに帰ることに。 タクシー代がわからないが、行きより距離が短いので、100,000ドン払ってと伝えたが、下りる時にぼったくりというか詐欺というか、タクシーの運転手に現金を鷲掴みにされて盗まれそうになったらしく、はっきりとした金額がわからないけど、残金から計算したら、おそらく1,000,000ドン(5,000円)くらい取られたと思う。 女性+子供だけの観光客なので狙われたのかな。 しかし、5,000円で済んだのが幸いだったと思うしかないな。 身体的被害を受けたわけではないし、スマホを取られたわけでもないので……
隆山寺 隆山寺

その間、自分はシュウさんと近辺をウロウロしており、路面にあった店で「バインミー」というベトナム風サンドイッチみたいなものを食べた。 バインミーは30,000ドン(150円)だったが、観光地近いので多分高いのだろうな。
バインミー バインミー

再びニャチャン大聖堂に訪れるために、ニャチャン駅の横を歩いて大聖堂前で時間を潰したり。
14時になって大聖堂に入ろうと思ったのだけど、門の前で止められて「向こうでチケットを買え」みたいな仕草を示される。 だが、向こうには浮浪者みたいな人が座ってるだけだったが、その浮浪者みたいな人がチケットを売っていた。 紙にメッチャ汚い字で何やら書いてそれを渡してきた。 お金はすぐ目の前にある箱の中に入れるみたい。 2人で30,000ドン(150円)だった。
その紙を門の前にいる人に渡して大聖堂の敷地内に入る。 ベトナムなのに教会っていうのはアンバランスで不思議な感じがする。 ほとんど観光客しか来ていなかったが、お祈りの時間には信者が訪れたりするのだろうか?
ニャチャン大聖堂 ニャチャン大聖堂 ニャチャン大聖堂 ニャチャン大聖堂 ニャチャン大聖堂

これで三大観光地は見たが、落ちそうで落ちない岩とか、別の場所も見たかったが、妻と子供たちはホテルの部屋にこもってるだろうから、ちょっと可哀想だ。 ホテルの眼の前がビーチなので、そこに遊びにでも連れて行ってあげようかな。 大聖堂からホテルまでは歩いて帰ることにして、途中にあった怪しい路面店で子供用のサンダル2つと、三女用の水着代わりの服を購入。

ホテルに戻って、子供たちは海で遊べる格好に着替えて海へ向かう。 自分はホテルの風呂用のサンダルを借りて、それでビーチを歩くことに。流石に海で靴は厳しい……
もう16時なので、昼間のような暑い日差しは無いが、それでも気温は30度位あるだろうし、海の水も温かくて子供たちはとても楽しんでいた。 ただ、このビーチは水深がすぐに深くなるので注意が必要だ。 5mくらい先で遊んでいる大人の外国人で胸くらいの水深になっているので、1.4mくらい? 長男や三女じゃ足が届かない水深なので気をつけなくては。
浜辺や膝くらいの浅いところでも、子供たちはとても楽しんでいた。 三女は「冬なのに海に入れて外国に来て良かった」と喜んでいた。
ホテル前のビーチ

夕方に千葉の両親と妹もベトナムに到着したようで、19時から食事に行くことになった。
ホテルのすぐ裏にあった「Thanh Tuyền 2」というレストランへ。 フエさんが注文してくれたので、見た目は不思議な葉っぱやどぎつい色をしているので、何の料理なのか全くわからないけど意外に美味しかった。
ベトナム料理 ベトナム料理 ベトナム料理 Thanh Tuyền 2

21時前にホテルに戻ってきた。 明日の結婚式で、子供たちに民族衣装のアオザイを用意してくれるらしい。 親戚の人が21時位にホテルに届けてくれるとのことなので、21時過ぎに部屋に来ると言っていた。 だが、待てども待てども部屋には来ず。 21時40分くらいになっても来なかったので、部屋のドアの鍵を開けっ放しにして、シャワーを浴びてきた。 浴び終わっても来た形跡がなく、そのまま携帯いじったりウツラウツラしていたのだけど、結局来たのは22時40分くらいだった。 ベトナムの人は時間に結構ルーズなのかもしれない。
ココナッツジュースも3つ貰ったので、冷蔵庫に入れて明日の朝飲むことにしよう。 アオザイ受け取ってすぐに寝たので、23時前に寝ていると思う。

ベトナム旅行 1日目 関空→韓国→ニャチャン

晴れ朝6時10分くらいに起床。 今日から6日間、ベトナムに旅行しに行く。 4日間はニャチャン、2日間は首都ハノイに滞在する。 弟がベトナム人の女性と結婚することになり、結婚式が開かれるためベトナムに行くのだ。 昨年夏くらいに突然Facebookのメッセージがあり「ベトナム人と結婚するけど、結婚式来る?」と。 メッセージ自体が6年ぶりくらい、実際に会うのが10年ぶりくらいだと思う。 航空券やホテルは全て手配してくれたので、金銭的負担がほとんどなく、家族で海外旅行に行けるので、非常にありがたい。
長女はバスケの合宿で沖縄に行く事が決まっていたので、今回は不参加。 家族5人で行くことになっている。

7時過ぎに家を出発して、関西国際空港を目指す。 淡路島を通り抜けて神戸市内まではスイスイ来ることが出来たのだけど、阪神高速3号線から5号線に乗り換えるあたりで渋滞しており、中々車が進まない。
阪神高速5号線は、工事のため1車線規制などやっていると、その1kmくらい手前から渋滞が発生しており、都会では1車線規制するだけで渋滞が発生するのだな、とマジマジと実感させられた。

11時過ぎに、ようやく関西国際空港に到着。 3時間くらいで来られる予定だったのに、4時間もかかってしまった。 関西国際空港の駐車場は、公式なところに止める。 ここの駐車場は非常に高額なので、民間駐車場に止めようかといろいろ探していたのだけど、どこも評判がボロボロで、とても止める気がしなかった。
連絡橋の手前の駐車場に止めて送迎してもらうパターンと、空港の指定された場所に車を持っていき、係員が車を運転して橋の向こう側へ止め、帰国時は同じように車を持ってくるパターンがある。
車を止める場所はショッピングモールの裏の広い原っぱだったりとの噂があって、別に係員が車を運転したり、原っぱに止められたりしても問題はないのだけど、5泊6日で7,000円くらいの料金となっている。
で、会社によるのだけど、送迎人数は4人まで無料で5人目から500円加算とか、22時以降は15分毎に500円加算とか、意外に追加料金がかかる感じだった。
一方、関西国際空港の駐車場だと、10,000円を越えるくらいの金額となる。 だが、「KIX-ITMカード」というのを作ると、駐車料金が25%割引になるサービスがあり、それを利用することにした。
最初このカードはクレジットカードだと思っていて、「駐車料金25%引きにするためにクレジットカード作るのはないな」と思っていたが、よく見てみると単なるポイントカードのような機能のものもあるため、これを作って公式の駐車場に止めることにした。 事前にWEBから登録が必要なので、それは済ませた状態で、当日を迎えた。

今回の旅行の航空会社は大韓航空。 JALやANAのカウンターは大行列が出来ていたが、大韓航空のカウンターは誰も待っておらずスムーズ。 事前に大韓航空のホームページから予約番号を入力して、座席指定もしておいた。 子供がいるので、座席指定せず、単独の座席になったら辛いので。 自動チェックイン機に番号を入力して、全員分のパスポートを読ませたら搭乗券が出てきた。
それを持ってカウンターに行って荷物を預ける。
搭乗券 フライト案内

手荷物検査、出国審査を経て、免税エリアへ。 2時間くらい時間があったので、うろうろしたり、お昼ご飯を食べたり。 空港なので仕方ないが、免税エリアでのお昼ご飯はとても高かった。 「がんこ」という店で食べたのだが、きつねうどんが700円くらいした。
妻がお金を3万円をベトナムドンに両替したのだけど、580万ドンくらいで交換されたと思う。 ベトナムの通貨は単位が大きいので計算するのが大変そうだ。
きつねうどん

飛行機は、まず韓国の仁川国際空港へ飛ぶ。 そこで飛行機を乗り換えて、ベトナムのカムラン空港へと向かう。 韓国行きの飛行機を待っている間、隣の乗り場では、タイの航空会社の新規就航記念式典の準備が行われていた。 関係者が集まってリハーサルをしていた。 テープカットをした後、速やかにハサミを回収するところを練習していた。 手荷物検査通過後なので、ハサミは厳禁なのだろう。
タイ ライオンエアー 関西バンコク線新規就航記念式典

13時35分くらいになって、機内に乗り込む。 韓国までは1時間55分くらいのフライトなので、寝ていたら一瞬だろう。 国際線なので機内食が出たのだが、フライト時間が短いためか軽食みたいな機内食だった。
機内食

機内食食べて、あとはほとんど寝ているだけで韓国の仁川国際空港に到着。 韓国は前の会社の社内旅行で済州島に行ったのが最初で最後なので、韓国本土には初めて降り立つ。 ただ、制限エリアから外に出ないので、韓国の空気を感じられないのは残念。 ソウルまで1時間かかるようなので、もし外に出たとしてもほとんど時間がない。 出入国審査に時間を取られるだろうし。 ソウルの町はまた次回の楽しみということで。

国内線でも国際線でもトランジットするのは初めてだったけど「transfer」の案内にしたがって進んでいったら、手荷物検査と航空券確認があり、そこを通過したらターミナルはすぐだった。
韓国での乗り継ぎは4時間近く、20時35分発の飛行機なので、だいぶ暇だな…… 仁川国際空港はかなり広くて、ターミナル2だけで、関空の4倍くらいの大きさはあるように感じた。  中心から左右に腕が伸びているような構造で、左右はほぼ対称、店も同じような店が並んでいた。 キッズエリアがあったので、そこで子供たちは遊んだり、待っている間に韓国の辛い麺を食べたり、ビールを飲んだりしてくつろぐ。 韓国ウォンは持っていないが空港内はクレジットカードが使えるので、支払いはそれで対応できる。
トランジット 韓国麺 ビール オブジェ 自走式ロボット

夜ご飯は空港内のフードコートで謎の黒いチャーハンを食べた。 黒いものは甘かったが、何の食材だったのか、食べてもわからなかった。
チャーハン

仁川国際空港では、弟から「ジョンホンさんという人が話しかけてくるかもしれないけど驚かないで」と言われていた。 大学院時代の友達らしく、今回の結婚式に参加するとのこと。
ただ「ジョンホン」という名前以外に情報が無くて、結局誰からも話しかけられなかった。

時間になり、飛行機に乗り込む。 フライトは5時間20分くらい、到着するのが日本時間で25時50分。 時差が2時間あるので、ベトナム時間で23時50分だ。 自分はだいたいそれくらいの時間に寝ているのだけど、子供たちからしたら考えられないような深夜帯。 飛行機は暗くなったし、子供たちはひたすら寝ている感じだった。 機内食も出たが、子供たちは寝ていて食べなかった。 自分も機内食を食べた後は寝ていたが、非常に寝苦しく、あまり寝ることができなかった。
フライト案内 飛行機の中 機内食

深夜24時に飛行機がベトナムのカムラン空港に到着。 入国審査は滞在先や目的を記載する紙すら無く、パスポートをそのまま出すだけで簡単に入国することができた。
預けた荷物がレーンに流れてくるのだけど、荷物が出てくるのが非常に遅かった。 日本みたいに次々と荷物が出てくるのではなく、1分に5,6個しか出てこない。 何でこんなに遅いのだろう。 荷物には怪しい箱が非常に目立った。 よその国に買い物に行って、箱に詰めて送ってくるのだろうか? 荷物レーンの向かい側には両替商とSIMカード販売所がずらりと並んでいる。 自分は日本にいる間にAmazonでSIMを購入して、それを持ってきてあるので、あとで差し替えれば使えるはず。
カムラン空港 箱 両替商

到着ロビーに出たところで、弟と弟の妻になる人と合流。 この人は「フエさん」という。 弟に会うのはすごい久々なので、見た目が結構変わっていたように感じた。 ここで韓国の「ジョンホンさん」とも合流。 ジョンホンさん、てっきり男性だと思いこんでいたのだけど、実は女性だった。 ジョンホンさんは妹と一緒に来ていた。 ジョンホンさんは英語も日本語も不自由なく話せるのだけど、妹は英語しか話すことができなかった。 妹の名前を聞いたと思うけど、覚えられず不明になった。
フエさんはニャチャンに実家があるベトナム人で、今回の旅行をほとんど計画してくれたみたい。 今日からは知り合いのホテルに泊まらせてもらえるとのことなので、そこまでタクシーで移動する。 タクシーも知り合いのタクシーを呼んでいるらしく、タクシーに荷物を詰め込みホテルに向かう。 深夜なので景色がほとんど見えないのと、信号も車も少なく、タクシーは快適で40分くらいでホテルに到着した。 ホテルでチェックイン的な手続きをしてくれて、鍵をもらって本日は解散。 明日の朝は8時から食事に行くみたいなので、8時にロビー集合となった。
タクシー ホテル受付の裏 ロビー

泊まるホテルは「Khách Sạn Đoàn An Dưỡng 26 Nha Trang」というホテルなのだけど、多分旧館。
部屋は2部屋繋がったような部屋で、ベッドが5台ある。 風呂とトイレと洗面所は繋がっており、バスタブはない。 上海で体験したような感じの浴室だな。 すぐにシャワーを浴びたのだけど、シャワーを出し始めてから5分位経たないとお湯が出ないのと、水圧がとても弱かった。
ホテルの部屋 ホテルの部屋 浴室

ニャチャンはとても暑い場所なので、部屋のエアコンの温度が最初から19度に設定されていたが、19度は寒すぎじゃないだろうか?
寝たのは現地時間で26時過ぎ、日本時間で28時過ぎなので、さすがに今日は疲れた……
明日は朝8時から食事に行くとのこと。 早起きしないといけないが、せっかく海外に来てるのだから、睡眠時間を削ってでも楽しみたい。

上海旅行6日目 帰国

晴れ6時位に起床。 顔を洗って荷物の準備をしてリビングに移動。 家主や中国人の女性はまだ寝ている。 6時20分くらいになってドアをノックする音が聞こえた。 ドライバーが迎えに来たので案内されて、マンションの敷地の外に停めてある車に乗り込む。 中国語翻訳で「第二ターミナルで良い?」と聞かれ「対」と答える。 これは「YES」の意味。

空港までは25分くらいかかり、6時50分くらいに到着。 ドライバーに50元支払って「再见」と言って別れる。
帰国便も春秋航空で、カウンターは1番と2番だった。 チェックインカウンターは1番しか開いてなかったが、大行列だった。 並ぶこと30分、ようやく自分の番になった。 パスポートと行き先を聞かれたので「TAKAMATSU」と答えて、預ける荷物をX線に通す。 が、引っかかってしまい「Baggage Check Roomに行け、終わったらここに戻ってきて」と英語で言われた。 荷物検査室であ「Battery」と言われたので荷物を開けてチェックされる。 Batteryはリチウムイオン電池のことで、使えないので電源切って閉まっておいた通話用のスマホのことだった。 「Shutdown」と言って電源が切れていることをアピールしたら「再チェックしてきて」と言われたので、先程のカウンターで再チェックを受ける。
無事荷物の検査が済んで搭乗券を受け取る。
空港入口 電光掲示板 チェックインカウンター

そのまま出国審査へと向かう。 ここも大行列だった。 出国審査を受けた後に金属探知機の大行列があり、結局全て通過し終えたのは8時10分だった。
搭乗ゲートには8時25分に来るように、と書かれていたのであと15分しかない。 まだ全てのお土産を買いきれていないので、残りを買わなくてはならない。
時間も無いので適当にパンダのお土産を買う。 さすがに空港ではJCBカードが使えて支払いができた。 が、空港なのでお土産が170元もかかった……
高松行き 春秋航空

そして慌ただしく飛行機に乗り込む。 帰りは2時間かかる予定。 機内食はビーフカレーを注文しておいたので、離陸後40分ほどで運ばれてきた。
が、ご飯がパサパサで美味しくない…… 朝ごはん食べてないのでお腹は空いていたので、全て食べきることができた。 食べ終わったあとはひたすら眠る……

定刻通り12時に到着し、高松空港で初めての入国手続をする。 日本人専用レーンがあり、そちらからスムーズに入国。
税関申請書を記入し、特に税金かかるもの持ち込んでないので、全て「いいえ」にチェック。
だが、結構チェックが厳しくて、ポケットのものを全部出してと言われたし、体触ってもいいかと聞かれて細かくチェックされた。 「中国はよく行くんですか?」と聞かれ、「中国本土は初めてです。 台湾と香港は行ったことあります」と答える。 で、税関は通過。
預けた荷物を受け取って、ようやくいつもの高松空港に出てくることができた。

香南パーキングの送迎ワゴンに乗り込んで駐車場に戻ってきて、駐車無料券と駐車券を渡してようやく自分の車に帰ってきた。
まだお昼の12時半なのに疲れ果てた……

家に帰ってダラダラ過ごして、ガストにご飯食べに行ったりしたが、三女と一緒に21時に寝てしまった。

今回の上海・南京旅行は、初めての1人での海外旅行となった。
LCCを使えば海外も格安で行くことができるし、上海は東京行くのと、飛行時間はほとんど変わらないことを知った。
そして民泊サービスのAirbnbも初体験。 英語も中国語もわからない状態でもそれなりにコミュニケーション取れたし、いろいろ話すことができたので、もっと言葉が話せれば、もっと楽しくコミュニケーション取ることができるだろう。 これはホテル泊まりでは味わえない醍醐味。 ただ宿泊先を転々としたので、全部の荷物を持って移動しないと行けないのが大変だった。 本当に観光目的で行くのなら、同じところに何泊もしたほうが良いかもしれない。
連日歩き回って5日間で50kmくらいは歩いている。 4日目、5日目は足が痛くてだるくて大変だった。
客人にはお湯を飲ませる習慣があるのかわからないが、南京でも最終日の宿泊先でもお湯を出された。
駅にもお湯を入れる場所が用意されているくらい。

中国ではWAONやSUICA的なICカード決済は全く普及してない。
代わりにWeChatや支付宝と呼ばれる決済サービスが大普及している。 これが露天的な所でも使えるほど普及している。
店頭に支払い用のQRコードが貼られており、それをアプリから読み取って決済するような感じ。 クレジットカードではなく、デビットカードのように即座に銀行口座から落とされる仕組みのよう。 かなりの現地人がこれを利用していた。
携帯はiPhoneはあまり見なかった、Androidがほとんど、90%くらいはそうだと思う。 スマホ以外の携帯も全く見なかった。
WeChatというLINEみたいなアプリには音声をメッセージとして送れる機能がある。 現地に行くまで、この機能いつ使うのだろうと思っていたが、現地で用途がわかった。 向こうの人は電動バイクに乗りながら普通にスマホを操作している。 だが、さすがにチャットで文字を打つことは運転しながらはできない。 そこで便利なのが音声を送れる機能、ワンタップで音声を送れるので、それの為にこの機能が搭載されているっぽい。

中国では人々はどのように仕事をしているのかが、行ったけど全くわからなかった。
1日誰も来ないようなお店の店先でスマホをいじってるだけの店主とか、どうやって稼いでいるのだろうか。
基本的に人々は怠け者で、店員や警備の仕事の人ですら普通に仕事中にスマホで遊んでいる。 お客さんが来たらめんどくさそうに注文を取ったりして、またすぐにスマホに戻る。
中国はGDPで日本を抜いて世界3位になっているが、それはあくまでも数値上だけの話で、こういう現実を目の当たりにすると、まだまだ日本は大丈夫かな、という気がしてきた。 日本人はやはり真面目なのだな。 サービスのレベルも高いのも実感できた。

自分自身の語学力は、英語は多分中学2年生レベルは話せるし理解もできると思う。 リスニングもスピーキングも、なんとかなった。
中国語はいろいろ言葉は覚えたけど「你好」「謝謝」「再见」の3語だけでなんとかなった。
少しコミュニケーション取れるようになった人たちには「晩安」とか「我是日本人」とか使ったが、基本的には上の3語だけ。
中国語はなんだか覚えられそうな気がしてきた。

今回の旅行、費用はあまりかかっておらず
飛行機:20,540円
1泊目:210元(3,600円)
2泊目:3,166円
3, 4泊目:4,324円
5泊目:3,391円
人民元に両替したお金:35,000円
クレジットカード:170元(2,920円)
で合計で、73,000円くらいしかかかっていない。
東京などの国内を5泊して観光を楽しむより、もしかしたら安いかもしれない……

上海旅行5日目 南京→上海

曇り7時半くらいに起床。 準備をして8時過ぎに宿泊先を出発しようとしていたら、8時位に家主が戻ってきた。 まだ準備中だったので「忘れ物しないでね」と言って、すぐに出ていってしまった。 感謝の言葉を記した置き手紙を残して、鍵を所定の位置に置いて宿泊先を出発する。
今日は南京で総統府を見学して、それから上海に戻る予定。 まずは総統府に行くために地下鉄の「明故宮」まで歩いて行く。 今日は西側から歩いてみて「午朝门公园」という場所を通り抜けていく。 この公園では朝早くからバトミントンを楽しんでいたり、社交ダンスを楽しんでいたりと、元気な中国人を見ることができた。
オリンピックなどで中国はバトミントンがメチャメチャ強いけれど、こうやって朝から楽しんでいるのを見ると、国民的スポーツなのだなと思う。 そりゃ強くなるよね。 日本でバトミントンなんて、公園で子供と大人が楽しんでいるのしか見たことがない。
午朝门公园 バトミントンを楽しむ人たち 社交ダンスを楽しむ人たち

地下鉄で明故宮→大行宮へ移動。 一昨日も来た大行宮の交差点に「如意馄饨」というお店があったので、ここで朝ごはんにしようと思う。
適当に注文して番号札をもらった。 が、この番号札が難関だった。 番号は16番。 10は「シー」、6は「リュー」なので「シーリュー」と呼ばれるはず。
他のアナウンスを聞いていると「イーシー」というのが接頭語についているように聞こえる。 多分「次は」みたいな意味か?
なんとかアナウンスが聞き取れて受け取ることができた。 受け取らなかったら店員が持ってきてくれそうではあったけれど。
朝からこのワンタンは結構重くて、全部食べることはできなかった。
如意馄饨 ワンタン

さて、総統府を見学しようか。 総統府は徒歩圏内にあるので、歩いて向かう。 ここも観光地なので入口の前は怪しい声掛け商売で賑わっていた。
総統府も歴史的建造物なのはわかるが、具体的にどのような目的で造られて、どのようなことが行われた建物なのかがわからなかった。
ただ一室、蒋介石という台湾を建国した人が使っていた部屋を見ることができた。 ここは中国人観光客にも大人気だった。
もともと「中華民国」だったのが、途中から中国大陸だけ「中華人民共和国」と名前を変え、現在の台湾は「中華民国」として残っているが、日本は国として認めていない。 そんな複雑な事情のある中国だけど、中国人からしたら台湾はどのような扱いなのだろうか。
総統府 総統府 総統府 総統府 総統府 総統府 総統府 総統府 総統府 総統府 総統府 総統府 総統府

総統府見学も終わり、地下鉄で大行宮→南京駅へと移動する。 南京駅の北口に行ったのだけど、ここにも何かの声掛けの人が大量にいた。 切符を買う列に並んでいたら、それらの人にも声をかけて何かを売ろうとしていた。 チケットでも売ろうとしているのだろうか?
ただ中国の高速鉄道は公的な身分証明証が必要なので、こういう人たちから購入しても使えなさそうな気がする。
チケット購入窓口は行列で買うまでに20分くらいかかった。 帰りは一等席に乗ってみようと思い、一等席を購入。 値段は219.5元(3,800円)と二等席より80元も高かった。 が、一等席は日本の新幹線でいうグリーン車なので快適だろう。
南京駅の電光掲示板 チケット売り場

12:09発の電車なので駅構内で待つ。 南京駅は上海駅に比べたら3分の1か4分の1くらいの大きさしか無いので、移動に時間はかからなかった。
ちょうどお昼時なので、待ち時間を利用して駅構内にあったお店でお昼ごはん食べる。
「梅菜扣肉饭」というのを25元で購入。 食べていたがあまり美味しくなく全然箸が進まない。 食べているうちに15分前になって改札が始まってしまったので、残して電車に乗り込む。 南京駅の改札終了は5分前らしい。
電光掲示板 南京駅待合場 梅菜扣肉饭 熱湯器

一等席は、シート自体は快適なのだけど、お客さんのマナーは二等席も変わらず。 普通に音楽流しながら乗っている人もいるし、大声で電話している人もいる。 座席が少し広いくらいなので、80元多く払うなら二等でもよかったかなぁ。 これで静かなら一等のほうが良いと思うのだけど。
帰りもウトウトしながら、上海駅に到着。
プラットホーム 一等席 一等席

今日の宿泊先は浦東国際空港の近くなので、ここからはだいぶ距離がある。 まだお土産を全く買っていないので、観光地で買ってから帰ろう。 観光地と言えば南京東路と外灘なので、その辺りに向かおうかな。
上海駅から地下鉄1号線で人民広場まで行こうと思う。 切符売り場はなぜか自動券売機が2台とも故障中で窓口で買うしか無かった。
案内板で人民広場までの料金が3元ということを知っていたので、窓口では3元を渡して、3元チャージされたICカードを受け取る。 言葉のやり取りせず切符を買うことができた。

人民広場駅の地下がショッピングセンターになっていたので、ここにお土産が売ってないか探してみる。 すると「名創優品」というユニクロチックな看板の日本パクリ商店みたいなのがあったので、ここで子供たちのお土産を購入。 それから同じ地下にあったパン屋に入って、休憩することに。
パンとカプチーノを購入して、店内のイスで座って食べながらくつろぐ。 荷物がいっぱいでもうザックの中には何も入る隙間が無い…… だがまだお土産はあまり買えていない。 くつろいでいたら、男性従業員が焼けたパンを持ってきてカウンターに置いていった。
それからレジの女の子と会話していたのだけど、突然会話がヒートアップして怒鳴り合いになる。 そして男性が女の子の顔面を殴って、胸を突き倒して冷蔵庫に張り倒す。 それで何やら暴言を吐いて店を出ていってしまった。 女の子は泣き出して、もう1人の女性の従業員が抱きしめて慰めていた。
普通にお客さんが来店したりしてたけど、もうお客さんは放置で、女の子を慰めていた。 こんな光景は当たり前なのだろうか……
パン カプチーノ

それから観光地の南京東路に地下から上がろうとしていたら、韓国人っぽい男性3人組がいきなり何かを叫んだ。 直後に1人の若者が猛ダッシュで去っていく。 多分スリだな…… 目の前でスリの光景も見ることができた……
土曜日の南京東路は非常に盛り上がっており大混雑していた。 露天が出ており、堂々とブランド品の偽物を販売していたり、乞食が近づいてきたり。
中国語で何やら話しかけてくる人がいて「言葉わからないよ」と日本語で話したら、英語で話しかけてきた。 「マッサージ300元でいいよ、こっちこっち」みたいな感じで。 「Please give me 300 RMB」と言ったら「Why? Give You?」みたいなやりとりを何回かしたら相手は去っていった。
次は女性が「チンチンマッサージアルヨ。 ワタシニホンゴハナセルネ、トモダチトモダチ」と近づいてきた。 一人で上海に来たのにこんなに早く友達ができるとは思わなかった。 トモダチを適当にあしらって去る。 次は中国語と英語で何やら話しかけてきたが、何を聞かれてもひたすら首を横に振るだけに徹した。 「Japan? Korea?」とか聞かれたがひたすら首を横に振る。 相手は諦めて去っていった。 なんだかこういうやり取りすら面倒だ……
南京東路 南京東路 偽ブランド品市

初日と二日目の南京東路ではユニクロしかお店に入らなかったけど、お土産を求めていろいろなお店に入ってみた。 M&Mチョコレートというブランドがあるのを初めて知って、チョコを見たのだけど、カラフルすぎて気持ち悪かった マーブルチョコとかもカラフルだけど、ここまで色が綺麗に並んでいるのは気持ち悪い。
デパートみたいな所でも量り売りコーナーが盛り上がっていたり、中国人の行動力は凄まじかった。
M&M 販売所 販売所 販売所

結局そのまま徒歩で外灘を南下して、豫園までやってきてしまった。 豫園の商店街でお土産を買うことに。 ここでお菓子を何箱かと妻にコットンのスカーフみたいなやつを買う。 たったこれだけのお土産なのに観光地だからだろうか、230元もかかった。 お菓子を買った店では134元で154元出したのに20元のお釣りを誤魔化そうとしてきた。 20元返せのようなニュアンスでレジを指差したらしぶしぶと20元出してきた。 コットンの店の時点で、残り金額が200元しか無かった。 コットンは99元だったのでもうお金がギリギリ。 クレジットカード使おうかと思ったら、VISAもJCBも使えないと…… 中国のカードだったら使えるらしい…… 仕方なく、なけなしの現金で払う。 残り100元くらいしかない。 100元って1,720円なのでけっこうギリギリ。
豫園 お土産屋

お土産も買い終えたので、今日の宿泊先に向かおう。 空港から車で15分くらいの場所、地下鉄の駅で言うと、16号線の「恵南」という駅。 ここまで確か豫園駅から1時間くらいかかって7元だったと思う。 こうやってみるとお金に余裕があるように見えるけれど、明日の朝、宿泊先の人に空港まで送ってもらわなくてはならない。 それの料金が50元かかる。 なので、残り43元しか使うことができない。
まだ夕飯を食べてないので何か食べなくてはならない。 駅前のお店で12元で麺類を注文、ミネラルウォーターも2元で購入して14元払う、残り29元。 これが上海での最後の食事になるかな。 結局最後まで、上海では美味しい食べ物に出会えなかった。 というか、上海の一般人が食べているものは日本人の口には合わないのだな。
きちんとしたホテルのレストランとかで、きちんとした中華料理など食べたら美味しいのかもしれないけれど、せっかく海外に来たのだから、現地の人が食べているものを食べるのが醍醐味だし、そういう考えは全くない。
夕飯のお店 夜ご飯

宿泊先は駅から遠く、タクシーを使わなくてはならない。 距離は5.5kmくらいあり、料金は19元だった。 残り9元。 もうお金使わないので、ギリギリなんとかなったな…… 家がもう少し遠かったら危なかった……
宿泊先はマンションが立ち並ぶ一角にある。 このマンション群に入るには入口に警備員がいるので、そこを通過しなくてはならない。 行くべき棟がどこにあるのかもわからないので、警備員に聞いたら、記帳しろと言われて、名前と電話番号を書かされた。 チャットでもらった住所を見せて、どこの棟か聞く。 中国語でよくわからなかったが、「2つ先を右」みたいな感じで言われたと思う。 そのあたりの棟に来たが、暗くてこの棟が何番の棟なのか識別できない。 ウロウロしていたら、お父さんと小学生くらいの息子2人で散歩している人が通りかかったので「你好」と言って話しかけてどこの棟か聞く。 偶然にもその親子の棟と同じ棟で、エレベーターに案内してもらう。 オレは3F、その親子は4Fだった。 助かった。 別れ際に「再见」と言ったら小学生の男の子が手を振って返してくれた。
宿泊先入口

目的の部屋に着いて、チャイムが無いのでノックしながら「你好」と言って、中の人を呼ぶ。 無事部屋の中に入ることができた。
今回泊まる部屋はかなり豪華だった。 今までの家と比べても豪華だし、日本人からしても普通にすごいと思った。
リビングは20畳くらいはありそうだし、個室が3つもある。 さらに各個室には風呂とトイレがついている。 風呂もきちんとバスタブのあるタイプ。 さらにベッドには電気敷きパッドみたいなやつがあり、とても暖かくて快適そう。
宿泊先 宿泊先

ここの家主は50代くらいのおばさんで、中国語しか話せなかった。 ここの人もオレが中国語を理解できないのを知っているのに、普通に中国語で話しかけてくる。
ただ助かった所があって、このおばさんは20年位前に日本語を学んでいたらしい。 なので、ひらがなだったら読むことができた。
それで多少のやりとりはスムーズにできた。
「日本茶か紅茶選んで」と言われ「日本茶」を選ぶ。
お茶を入れてもらい、飲みながら話をする。
「明日7時には空港に行きたいので、6時半には出発したい」
「6時半にドライバーが来るよ、ドアをコンコンコンってノックするのでそのまま出ていって、私は寝ているので」
という重要事項だけはきちんと伝える。
あとは台湾ドラマの「唯一継承者」を見たり、途中からもう1人Airbnbを使って泊まりに着たり。 中国人の女性だったのだけど、ニュージーランドに行くらしい。 ただこの中国人同士のおしゃべりが凄すぎて、全く止まりそうになかったので、そうそうに部屋に退散させてもらうことに。
久々に安心できるお風呂でシャワーを浴びてスッキリしたなぁ。 やっぱりトイレを濡らしながら浴びるシャワーは落ち着かない。
23時位には寝たと思うのだけど、ちょこちょこ目が覚めて、少なくともその女性たちは25時半くらいまではひたすらおしゃべりをしていたのは聞こえた。 それ以降も喋っていたのかはわからない……
上海最後の夜は、暖かい電気敷きパッドに包まれながら眠る。