今日も三女を駅まで連れていき、自分は帰宅せずマクドナルドで朝ごはんを食べる。 家に帰ったら絶対にコタツで寝てしまう。 コタツで寝るのを防ぐにはコタツ撤去するくらいしか方法がなさそう、意思ではもう無理だと思う。
仕事では初めてco.jpドメインを取得していろいろやっていた。 co.jpドメインは特殊だけど、登録者情報の代理公開ができなかったり、提出する情報が只のjpに比べて増えるくらいで、特に煩雑なことはないような感じがした。 ただ、登録元の会社の登記情報などが必要なので、より綿密にやりとりしないといけない感じではあるが。
そして、取得してすぐなのに、いきなりドメイン移管することに。 移管手続きというか、jpドメインなので、登録者情報の付け替えみたいな感じなのだけど、これも特に特殊な感じはしなかった、まだ終わってないけれど。 取得してから半年以内に登記情報に基づいた正式な情報にしないと、ドメイン失効して半年間は取得できなくなってしまうのだけど半年ってけっこう猶予あるなと思った。
今夜はジョギングなし。 明日は有明クロスカントリーで早い時間に観音寺に行かないといけないのだけど、早く寝ることはできずに26時過ぎになってしまった。
Macbook Air
朝は三女を駅まで送っていき、自分は家に帰ってきてコタツでもう一眠り。
クリスマス前に、M1チップ搭載で2020年に発売したMacbook Airを購入して、3日に届いていたのだけど、開封する時間がなくて、ようやく今日開封することができた。
昨年発売したMacbook Proは高すぎるので、Air。 ただ、ノートパソコンなのでそれほど使う頻度も高くないので、Dockerとか最低限のソフトウェアが動けばいいくらいなので、このスペックでも十分だろう。 Windows、MacOSの違いは、それくらいの頻度での使用ならそれほどストレスにもならなさそうだし。 外でノートで何かやらないとなったら、ほとんどのことがブラウジングだけで解決すると思うので。
IDPW管理の関係で、MacなのにメインブラウザはChromeでサブはFirefox、サファリは遊びで使うくらいになりそう。

昼の時間に三女を駅まで迎えに行って帰宅。
夜はジョギングへ。 今夜は軽く。
5.53, 5.56, 5.50, 5.52, 5.52, 5.37と、6kmを35分10秒で、キロ5.51秒ペースだった。
仕事開始
今日から仕事、三女は電車で陸上に行くので、駅まで送っていく。 11時半くらいに終わって電車で帰ってくるので、駅まで迎えに行く予定。
年明けてやらないといけない月初の作業を行ってから三女を迎えに行く。 帰りに空港通りの「根っこ」でお昼ごはん。

仕事初日は何もなく終わっていった。
夜はジョギングへ。 5日ぶりに走る、年末に42km走った影響はもう無さそうな感じ。 全然走ってないし、土曜日はクロスカントリーの大会があるので、今日は少し速いペースで走って、明日はゆっくり、金曜は休んで、土曜に臨もうかな。
4.59, 4.50, 4.51, 4.57, 4.49, 4.43, 4.35, 4.25と、7.3kmを35分14秒で、キロ4分48秒ペースだった。 このペースなのに心拍の平均が150、最高が165だったので、肉体的には感じなかったけど、まだ疲れが取れてないっぽい。 このペースなら、平均はもう少し低いはず。 これより20秒速いペースで平均158くらいのはずなので。
冬休み最終日
今日が冬休み最終日、本当は陸上があったのだけど、大晦日の時点で今日がどうなるかわからなかったので、陸上は休みにしてある。 いざ今日になってみると暇なので陸上に行くことはできるのだけど、もう休みにしちゃったのでいいかなと思って。
お昼は仏生山のマクドナルドへ。 正月だからか、マクドナルドは全然混んでいなかった。 それからイオン高松へ。 三女が「自分の財布が欲しい」というので、気に入った財布を探して買ってあげた。
イオンは他に特に買うものがなく、店内ウロウロして終わった。
15時位に家に帰ってきたがやることなかったので、子供たちとドッジボールで遊んだりで、なんだかんだで庭で1時間以上遊んでいたと思う。
今夜は走ろうかなと思ったけど、面倒になってしまって走らなかった。 2022年になってから、まだ一度も走っていない。
仏生山公園で運動
10時過ぎに起床して、昼過ぎまでパソコンやっていた。 本来の予定では、子供の冬休み期間、今日だけ陸上を休んでどこかに行こうかと思っていたが、予定が大幅に狂って今日は休みなのだけど、どこにも行くことができない。
とりあえず家にいても仕方がないので、14時位から仏生山公園に遊びに行ってきた。 キャッチボールやノックをしたり、フリスビーやバドミントン、軽くジョギングしたりと、芝生広場だけで3時間半くらい遊ぶことができた。 子供たちにノックしてもらって、自分も守備練習したけど、遊びでやる分には野球は非常に楽しいな。
それくらいで一日が終わったのだけど、29日から始まった年末年始休暇は、明日が最終日。 休みもあっという間に終わりそうだ。
火葬
喪服に身を包み、10時過ぎに家を出発し、妻の実家へ。 喪服着るのいつ以来だろうか、とりあえず着れる状態でよかったが、靴が足に合わず、足がすぐに痛くなりそう。
「12時半には葬儀社に来てください」と言われていたので、その時間に向かう。 控室で義父と最後の対面を行う。 棺に花や遺品を入れて、お酒を撒く。 義母が「こんな量じゃ酔えないねぇ」と寂しげに言っていた。
最後のお別れをして、棺の蓋が閉じられる。 火葬場では棺を開けることはできないようだ。
葬儀社の車が先導して、福岡町にある「斎場公園」という火葬場へ。 体育館のすぐ南側にあるのだけど、この道何十回も通っているけれど、ここが火葬場なの知らなかった。
火葬場はメチャメチャ綺麗だった。 市の施設なので、職員は市の名札をつけていた。
14時位から職員の説明があり、炉の中へ棺を入れる。 そして鍵がかけられてスイッチが押される。 火葬が完了するまで1時間半~2時間くらいかかるらしい。
葬儀社の人はここで帰っていった。 あとは終わるまで喫茶で時間を潰す。 お昼ごはん食べてなかったので牛丼を食べて、コーヒーを飲みながらウトウトして、時間が経つのを待つ。

しばらくして館内放送で火葬終了の案内があり、遺骨と対面。 炉から出てきたばかりで、かなり熱を持っていた。 義母と妻が喉仏だけを骨壷に入れて、あとは職員が小さな骨を拾って入れていた。
最後に骨壷を渡してもらって、一連の儀式は終了。
2日前に倒れて亡くなって、葬儀社に行ったり、今日の火葬まで、あっという間だった。 病院、葬儀社、火葬場の人は毎日人の死に対面してるので、慣れた手順や作業だったかもしれないが、普通の人にとっては人生で数回しか経験しないことだろう。
2日前の朝まで元気で、どこかに出かけようとした矢先に倒れ、そのまま亡くなったが、こうやって考えると死ぬときは一瞬なんだなと思った。
19時位に帰宅したが、何もしてないでほとんど待っていただけなのに、非常に疲れた。
昭和の写真
朝から妻の実家へ。 葬儀社に言われている物を受け取って、届けに行ってきた。 死亡届に押す印鑑や本籍地、棺の中に入れるものや、遺影に使う写真など。 いいちこの2Lくらいの紙パックも入れようとしたら、これは大きすぎて入れられないと言われた。
妻の実家に戻ったら、荷物の整理していたのだけど、昔の白黒写真が大量に出てきた。 1960年くらいの写真が多かったが、古いのだと1940年くらいのもあった。 亡くなったのは妻の父だが、妻の父の写真はほとんどなく、出てきた写真は妻の祖父と祖母のものばかりだった。 みんなキノコみたいな髪型の小学生低学年とか、いかにも戦争マンガに出てきそうな写真とかあって面白かった。
昼過ぎに帰宅、今夜は義母も我が家に泊まるらしい。 帰ってきても特にやることがなく、2Fでずっとパソコンやっていた。
夜、義母がリビングに寝ていたのだけど、自分は隣の和室でパソコンやっていたが、飲み物入れにいったり、トイレに行ったりするだけで、非常に気を使った。
激動の大晦日
今日は大晦日、毎年恒例にしている42kmジョグに行くため、6時50分くらいに起床。 朝ごはんは菓子パンを用意してあるのでそれを食べる。 昨晩お酒飲んだからか、体が乾いている感じがしたので、水分もいつもより多めに飲んでおく。 補給食は100円のカステラを購入してあるが、このままじゃ大きくてポケットに入らないので、全体重をかけて圧縮して、体積を8分の1くらいにした、これでポケットに入れることができる。
服装は、半袖Tシャツに長袖の黄色ウィンドブレーカー、下は長ズボン。 靴下は普通の白い5本指で、ニット帽と手袋。 いつも走る格好と同じ。 最近は夜もハーフパンツで走っているが、ズボンが長くなったくらい。 靴はPUMAのスピードライト2。 持ち物はスマホと現金1,300円くらい。 最近全然使ってないけど、ジョギング用のコンプレッションタイツは使用しない。
目標はキロ6ペースの4時間12分くらいでいけたらいいなと思っていたが、開始数キロでその目標は諦めることになる。
今日は気温が3度くらい、風もあってコンディションが悪い。 長丁場なので、途中リタイアしないようにしなくてはならないので、無理はしないようにしなくては。
出だしは設定のキロ6を数秒切るくらいのペースで走ろうと思ったが、最初の1kmが5.51だったが、そこから12km地点まで、一度も5分台を出せず、6分前半で推移していく。 とりあえずキロ6は頭から忘れることにしよう。
走っていても全然暖かくならず、風もあって非常に走りにくい。 10km地点くらいに空港公園の駐車場があるので、そこで一度トイレに行く。
13.4km地点の自動販売機でホットのミルクティーを飲みながらカステラをかじって補給。 いつもここで休憩していて、6分くらい立ち止まって休んでいた。
ひたすら道を走り、柏原渓谷の林道へと進んでいく。 この林道は入口から峠までが8kmくらいあって、いつも5台くらいは車に遭遇するのだけど、今日は1台しか遭遇しなかった。
コロナの影響でキャンプ場やロッジも全然人が来ないのだろうな。 なかなかペースも上がらないし、風と緩やかな上り坂に苦労しながら距離を踏んでいく。
26kmくらいで峠に到達。 このコースの上り基調がここで終わる。 ここから31km地点まではひたすら下り坂。 26km過ぎた辺りでお腹が空いていたのでカステラ食べながら数百メートル歩く。
31km地点で国道193号線の谷岡食堂の付近に出てくる。 ここの自動販売機でホットのほうじ茶を購入し、ストレッチしながら体を潤わせてカステラも食べる。 カステラはまだ3分の1くらい残っている。
ここから国道193号線をひたすら北上していく。 交通量が多くなってポッドキャストが聞きとれなくなるので、ここから先はAmazon MusicでYOASOBIをかけて、それを聞きながら走っていた。
35km地点のファミリーマートはパス、そのまま家まで寄らずに帰ろうかと思っていたが、39km地点のセブンイレブンの誘惑に勝てずに寄ってしまった。 ナナチキとコーンポタージュを購入して歩きながら補給する。
ラスト3kmはもうペースが上がらないが、そのまま何とか走ってゴール。
ラスト5kmで左膝が痛くなってきたのだけど、長距離走って膝が痛くなったのは久しぶりだ。 日頃のトレーニングというか、長い距離の耐性がなくなってしまったのだろうな。 やはり日々のフルマラソンのレースに参戦するというのは、非常に良いトレーニングになっていたことがわかる。 レースから2年も離れているので、次のレースが非常に心配。
疲れたは疲れたが、死にそうなほど疲れたわけではなく、このペースでいいのならあと10kmくらいは走れそうな感じもしている。
5.51, 6.06, 6.00, 6.05, 6.23, 6.13, 6.16, 6.30, 6.18, 6.19,
7.09, 5.51, 6.22, 12.47, 6.49, 6.29, 6.17, 6.29, 6.49, 6.57,
6.44, 7.08, 7.35, 7.03, 7.04, 10.39, 6.22, 6.16, 6.17, 6.15,
10.18, 6.26, 5.57, 5.49, 5.47, 5.46, 6.19, 6.17, 9.57, 8.06,
6.16, 6.15
と、42.2kmを4時間50分41秒で、キロ6分52秒ペースだった。
家に帰ったら子供たちが「じーちゃんが死にそうだからママが出ていった、電話して」というので、風呂に入る前に電話する。 自転車で転倒して救急車で運ばれたとのことで、もうだめかもしれないと言っていた。
また連絡すると言われたので、汗を流して湯船に浸かっていたら数分で「亡くなったので病院に来て」との連絡があった。 疲れを癒やす暇なく着替えて出発することになったけど、汗を流せただけでもよかった。
中央公園の南にある「KKR高松病院」というところに運ばれていて、救急処置室の前では義母と妻が憔悴した感じで座っていた。 病院の先生や葬儀社の人から説明を受けていて、これから検視が入るらしい。
状況を聞いたら、義父と義母が自転車でどこかに出かけようとしていたのだけど、途中で「気分が悪い」と家に引き返すことになった。 家の前まで来たところで、胸が痛いと義父がうずくまって、そのまま自転車とともに転倒したらしい。 すぐに救急車を呼んで運ばれたが、そのまま亡くなったとのこと。 死因は心筋梗塞。 前から医者には手術を受けないといけないと言われていたようで、来月も病院で診てもらう予定だったとのことだった。
倒れた場所が外だったので検視が入るらしいのだけど、検視の警察官は結構厳しそうな人だった。 殺人とかそういう可能性を潰すためだろうけど、義父の収入、財産、保険金など聞かれていて、「歯がないのに入れ歯が見当たらない」とか、入れ歯盗難の可能性を言ってきたり、そもそも入れ歯はしてないらしいのだが。 財布も入ってないとか、むき出しの現金だけ入ってるのは何故かとか。
このように外で倒れたように見せかけた殺人、保険金や財産目当てのものとかがあるのだろうか。 まぁあるからこういうことを聞いてくるのだろうな。
検視は1時間半くらいかかって、ようやく終了した。
同時に葬儀社の人との打ち合わせをやっていたのだけど、葬儀社は病院が手配したのかな? 自分が病院に到着した時には既に来ていたのだけど、迅速すぎる。
故人の意向で葬儀などは一切しないということになっているらしく、火葬と火葬までの間の遺体安置、病院から葬儀社、葬儀社から斎場までの車代の説明などを受けていた。
どこまで言われていたのかはわからないが、写真も白黒、骨もいらないとか、けっこうドライな感じだった。
高松市の市民葬B型というので、143,000円。 それにさっきの車代や明日元旦は斎場が休みなので2日まで遺体を保管するためのドライアイス、添える花など葬儀社の取り分が130,000円くらい。 合計27万円くらいの見積もりだった。 何もしない火葬だけでも、けっこうな金額になるのだなと思った。
処置室で遺体と対面したが、普通に寝ているだけのように見えた。 自転車で転倒したときに頭を打ったのか、頭にはガーゼがつけられている箇所があったが。
遺体は葬儀社へと運ばれることになって、病院のスタッフや葬儀社のスタッフと共に、地下から車に乗せて見送った。 自分たちもこれから葬儀社へと行く。
葬儀社は栗林駅の近くにある「公益社」という場所。 着いたら既に控室の案内板などが出ていた。 ものすごいスピード感だ。 控室は8畳くらいの和室で、そこに遺体が安置されていた。
皆で遺体を拭いたあと、棺が運ばれてきて、その中に入れられて、布団みたいなのをかけられて、鼻の穴と口にガーゼが詰められる。 榊の葉かな? 水で葉を濡らして、口元を潤わせる儀式みたいなのをして、ドライアイスを入れ棺の蓋が閉められる。
控室は寝泊まりできるみたいだが、誰も泊まらないので施錠してくれるとのことだった。
葬儀社でのことが終わって、義母の家に着いたのが16時過ぎだった。 42km走った後で非常にお腹が空いていたのだけど、食べる時間もなくこんな時間になってしまった。
早いがおせちを食べさせてもらってお腹を満たす。 で、17時半くらいに出発して自宅に向かう。
さっきおせち食べたばかりでお腹が空いていない人もいるが、夜ご飯は年越しそばにする予定だった蕎麦を食べた。
夕飯食べたばかりなのに、全然お腹がいっぱいになっておらず、インスタントラーメンを作って食べてしまった。
とりあえず一段落して、子供たちは大晦日なので夜更しをしようとしていたのだけど、22時位になって義母が血圧が全然下がらずに夜間救急病院に来たと連絡があり、妻と行くことに。
夜間救急病院は高松商業高校と高松中央高校の間にあるのだけど、駐車場に入ったら白衣の医師が「ここに車を止めてください」と案内してくれて要件を聞かれた。 新型コロナウィルスの対応施設らしく、中には入れてもらえなく、他の患者の家族も皆車で待機のような感じだった。 1台はコロナが疑われるような症状の人がいたらしく、青い防護服を着た医師と看護師、白衣の医師がやってきて車の窓から会話したり検査したりしていた。 そして医師たちが病院の入口に戻って、中にはいる前に青い防護服や手袋、マスクやフェイスシールドなどを全て袋に入れて処分していた。 1回1回こんなことをやっているようだが、コロナ対策は非常に大変そうだった。
しばらくして義母が戻ってきた。 薬で血圧を下げたらしいが、210くらいまで上がりっぱなしで全然下がらなかったらしい。
こんな状態なので、今夜は妻が泊まっていくことになり、自分は一人で23時過ぎに帰宅。 子供たちはまだ起きていた。 自分は非常に疲れていて、起きていた三女を連れて一緒に寝ることになった。
いつ寝たのかはわからないが、10分もかからず寝たと思う。
もともと正月はどこにも行く予定がなく、陸上しか予定がなかったのだけど、その予定も白紙になった。
自分は誰かが亡くなった経験を2度しかしたことがなく、1度目も2度目も祖母だったのだが、もともと親戚づきあいが薄いので、全然悲しくもなく、何もせずただ終わったという印象しかないし、よく覚えていない。 一番最近でも2004年くらいだったと思う。 なので、実質初めてのような感じなのだが、どう立ち振る舞ったらいいのかがわからなかった。 多分、無用な声がけは不要で、そっとしておくしかないと思うのだが。 大丈夫か聞かれても大丈夫じゃないだろうし、慰めや元気づけることもできないし、それには時間も必要だと思う。